DX成功のカギを握る、もう一つの「DX」
DXリポート2021<後半>
「開発者体験」に目を向けよう
DXを推進する上で、最大の障壁とも言えるDX人材不足。その解決策の一つとして、一般社団法人日本CTO協会『DX動向調査レポート』で挙げられているのが、もう一つのDX、すなわち「Developer eXperience(以下:開発者体験)」向上の取り組みです。
開発者体験とは、アジャイル開発の拡がりとともに注目を集めている概念で、エンジニアが高速で仮説・検証サイクルを回してシステムを開発・保守できる組織や文化を指します。つまり、「開発者体験を向上させる」とは、エンジニアが働きやすく、生産性が向上する環境を企業が整備するということです。
具体的には、「最新のドキュメントが揃っている」「技術的負債が少ない、または適切に管理されている」といった技術・システム面から、「チームの不安や不満などを可視化し、吸い上げるための仕組みがある」というような、メンタル面にかかわる取り組みまでも含みます。国内で取り組んでいる企業はまだまだ少ないようですが、メルカリなど先進企業の事例は知られています。
長らくIT現場は「ブラック」と呼ばれてきました。経済産業省の『DXレポート2』には、「DX人材と企業をマッチングさせるシステムづくりを検討している」といったようなことが記載されていますが、仮にそれが実現したところで、受け入れ態勢が整っていなければ成果は見込めません。
開発者体験に目を向けることは、そうした環境を一新し、意欲的で高スキルなDX人材の獲得・育成につながります。前回も説明した通り、DX人材が絶対数として不足しているのは事実です。だからこそ、いつまでも「良い人が来ない」と嘆くかわりに、企業側も積極的に環境・仕組み作りに投資する必要があるというわけです。
社員の認識もトランスフォームする
以上、日本CTO協会の『DX動向調査レポート』からDXにおける3つの課題を紹介してきましたが、もちろんそれですべてではありません。他の調査結果に目を通してみると、もう一つ大きな課題が浮き上がってきます。それは「全社的な共通理解の形成」です。
本来、DXとは「デジタル技術を活用して企業やビジネスを根本的に変革する」ものですが、実はそこまで実現できている企業はまだまだ多くはありません。前回も紹介した、株式会社電通デジタル『日本における企業のデジタルトランスフォーメーション調査(2020年度)』では、48%の企業が「DXで成果が出ている」と回答しているものの、DX推進が加速した領域は「業務効率化」が半数近くを占め、DXの本懐である「自社ビジネスの変革」や「顧客への新たな価値提供」といった領域では苦戦していることがうかがえます。
特定非営利活動法人 ITスキル研究フォーラム(iSRF)の『DX意識と行動調査ワーキンググループ2020年度 活動報告書』においても同様です。DXの取り組み領域で最も多かったのが「業務効率化によるコスト削減」の71%で、「新規製品・サービスの創出やビジネスモデルの根本的な変革」は53%。そして同報告書いわく、こうした状況に陥ってしまう要因の一つが、会社として方針の明確化や全社的な浸透ができていないことなのです。
たしかに、社内で「DXとは何か?」「自社は何のために実施するのか?」といった認識が曖昧なままDXを進めたところで、社員間で温度差が生じてしまい、全社レベルでの変革など不可能です。例えどんなに優秀なDX人材を揃えても、期待できる成果はせいぜい局所的な業務効率化やコスト削減止まりでしょう。であれば、わざわざDXと言わず、IT化・デジタル化で十分です。
DXの最終的な目的は、予測不可能な現代において企業の競争力を確保すること。重視すべきは「デジタル」よりも「トランスフォーメーション(変革)」です。そしてそのためには、経営ビジョンの提示や経営計画への組み込みを通して、全社員の認識とマインドをDXに向けてトランスフォームする必要があるのです。
「顧客データ」「現行システム」「人材育成・採用」、そして「全社的な共通理解の形成」。これからDXを始めようと考えている方も、現在取り組んでいるものの上手くいっていない方も、これら4つの視点から自社の現状を見直してみてください。