なぜ今、「守りのDX」が重要なのか?
ビジネスモデルの変革だけがDXの目的ではない<前半>
企業変革の阻害要因
今やビジネス系の雑誌やネットメディアで、デジタルトランスフォーメーション(以下:DX)に関する記事を見ない日はないといっても過言ではありません。しかし、そのようなメディアで取り上げられているDXは、多くの場合、新サービスの創出やビジネスモデルの変革を伴うような、いわゆる“攻めのDX”にカテゴライズされる取り組みが中心です。
確かに読者の注目を集めるためには、そうした派手でインパクトの強いネタが最適であることはわかります。とはいえ一方で、DXイコール“攻めのDX”という誤解が広まってしまうのも困りものです。
経済産業省による『デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン』の定義に従うなら、DXの目的は「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」。つまり、“攻め”だけではなく、「業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土」といった、“守り”の領域を変革することもDXの目的なのです。
“守り”という言葉がピンと来ない方は、“土台”あるいは“基盤”という言葉に置き換えると、その重要性が認識しやすくなるかもしれません。サッカーでも、スペクタクルな攻撃を展開する強豪チームほど守備も巧みであることはよく知られています。企業の場合、とりわけ「ビジネス環境の激しい変化に対応」するためには尚更でしょう。2020年12月に経済産業省がまとめた『DXレポート2 中間取りまとめ』でも、コロナ禍で事業環境の変化に迅速に適応できた企業とそうでない企業の差が如実に開いていること、そしてその変革の阻害要因となっているのが、これまで当り前とされてきたアナログ的な「レガシー企業文化(業務・慣習)」であることが指摘されています。
2社の“守りのDX”事例
実際にDXを推進して成果を上げている企業の多くは、“守りのDX”でこれまでのレガシー企業文化を覆しています。
その内の1社が、経済産業省と東京証券取引所による「DX銘柄2001」にも選定された株式会社セブン&アイ・ホールディングス。DXを「新たなお客様体験価値の創造」をテーマとした“攻めのDX”と、「セキュリティと効率化」をテーマとした“守りのDX”に分け、戦略的に推進しています。
“守りのDX”の具体的な取り組みとして挙げられているのが、AI発注、グループ物流、店舗オペレーション効率化です。AI発注は、AIが商品の売れ行きや気温、曜日などを分析して担当者に最適な販売予測数を提案する仕組みで、2020年9月よりイトーヨーカ堂全店で導入、翌年2月には担当者の発注作業に要する時間が平均約3割短縮されたことが発表されています。グループ物流でも同様にAIを活用。グループ共通のプラットフォームとして「AI配送コントロール」を自社で構築し、車両・ドライバーマッチング、配送料、ルート、受取場所の4つの最適化を目指しているということです。
参考
「DX銘柄2021」に初の選定|株式会社セブン&アイ・ホールディングス
セブン&アイグループが目指すニューノーマル|株式会社セブン&アイ・ホールディングス
2021年、経済産業省により「DX認定事業者」に認定された株式会社荏原製作所も、“守りのDX”に力を入れている企業として知られています。その取り組みを簡単に言うと、グローバル一体運営のための情報基盤構築による業務標準化。海外拠点が個別に事業をおこなうのではなく、ERP(ヒト・モノ・カネなどの企業資源を一元管理するシステム)をベースに情報基盤の構築をおこない、業務プロセス、KPI、コードなどをグローバルで標準化しているということです。同社は2021年度より、製造現場における情報格差を解消するために、国内工場に勤務する社員全員にタブレット端末を配布しているそうですが、情報の一元化・リアルタイム化という意味では、同様の取り組みと言えるでしょう。
参考
DX戦略|株式会社荏原製作所
製造現場社員を対象にタブレット端末を配布|株式会社荏原製作所
以上2社の“守りのDX”事例を紹介しましたが、とはいうものの、これまでアナログ的な文化・風土に染まりきっていた企業が、いきなり2社のようなダイナミックな転換を図ることは難しいはずです。では、そうした企業は何から取り組むべきなのでしょうか? 次回、経済産業省が提唱するレガシー企業文化脱却のための4つのアクションを紹介します。