業界破壊者の襲来とDX格差を目前に企業がすべきこと
新型コロナウイルスが招いた市場変化から企業のDXについて考える<後半>
DXで道を切り拓く企業
デジタルトランスフォーメーション(以下:DX)の本質は、デジタル技術によって、新たなサービス・市場の創出や競争力強化につなげること。前回に引き続き、今回もその取り組み事例を紹介します。
未だEC化率が10%程度のアパレル業界で、先進的にDXを推進しているのが、オーダーメードスーツブランド「FABRIC TOKYO」です。ユニークなのが、そのデジタルを最大限活用したビジネスモデル。全国に店舗展開してはいるものの、店舗では商品の販売はなし。採寸と商品提案のみで、パソコンやスマホからECサイトでオーダーするという仕組みになっています。
その採寸の際に活躍するのが、AI-OCRというITツールです。紙資料やFAXなどの手書き文字をデジタルデータ化できるツールで、事務・会計業務などに使われるのが一般的ですが、同社では業務の流れ上、どうしても手書きが必須な採寸データを一元管理するために利用しています。
2019年にはサブスクリプションビジネスにも参入し、月額定額制で「何度でもお直し無料」などのサービスを提供。マーケティングの生命線である顧客接点の維持・拡大を図っています。2017年から3期連続で売上高200%の成長を続けていることからも、同社の事例は、業界で先陣を切ってDXに取り組むことの重要性がわかる格好の事例と言えるでしょう。
海の向こうアメリカでは、Amazon.comを始めとするECの躍進によって前時代の遺物とみなされていた世界最大のスーパーマーケットチェーン・ウォルマートが、そのAmazon.comのお株を奪うかのようにDXで復活を遂げています。
ネットと実店舗をシームレスにつなぐオムニチャネル戦略という点ではFABRIC TOKYOと同じですが、ウォルマートの場合は、店舗をECユーザーが商品を受け取る場として活用し、従業員が商品を袋詰めして駐車場のクルマまで届けるというサービスを提供しています。Amazon.comの食品宅配よりも生鮮食品を新鮮な状態で届けられるのが強みで、コロナ禍にあっても業績は好調。既存店舗の売上高は2020年2-4月(第1四半期)で前年同期比10%増と、高い伸び率を示しています。
以上はDXによる新サービス創出の事例ですが、一方の競争力強化については、既存の業務プロセスの抜本的改革が外せません。そのソリューションとなるのが、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)というITツールです。パソコンを使った定型作業をソフトウェアロボットで自動化でき、これまでルーティン・ワークに費やしていた時間を一挙に削減して、コア業務(ヒトにしかできない、クリエイティブな仕事)に注力することができます。
すでに多くの企業が導入していますが、第一生命保険株式会社では毎朝の会議前の資料作成を、東京電力エナジーパートナー株式会社では顧客がネットから入力した申し込みデーターの社内システムへの入力を自動化。年間で数万時間の削減に成功している企業もあります。
もはや「DXは他人事」と言っていられない
現在、世界第二位の経済大国であり、「デジタル大国」とも呼ばれる中国でデジタルシフトを加速させたきっかけが、2000年代初頭のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行だったと言われています。もちろん単純に比較することはできませんが、感染規模だけを考えるなら、今回の新型コロナウイルスをきっかけに世界規模でDXが拡がっても何ら不思議ではありません。
そうなると、Amazon.comが書店・出版業界を、Netflixがテレビ業界やレンタルビデオ業界を席巻したように、思わぬ国の企業が破壊者(ディスラプター)となって、DXによって旧態依然とした業界のビジネス構造や既得権益を破壊する可能性も大いにありえます。前回紹介した消費行動のデジタルシフトも併せると、もはや「DXなんて他人事」と言って安穏としていられる企業など、一社も存在しないと言っても過言ではないでしょう。
とはいえ、昨日まで当たり前のように紙資料や印鑑を使っていた企業が、いきなり全面的にデジタル化を推進しようとしても失敗は目に見えています。他の施策と同様に、DXも段階を踏んで進めるもの。まずは「DXによって何を実現するのか」と目的を明確化し、そのために必要な仕組みを設計した上で、PoC(概念実証)を重ねつつスモール・スタートで取り組むのが一般的です。
スモール・スタートには、すぐに試せて効果が見えやすいITツールの導入が最適です。例えば、業界の慣習で紙やFAXのやりとりが避けられない企業であれば、AI-OCRで入力作業を省いてみる。膨大なルーティン・ワークに悩まされている部署なら、RPAを使って自動化してみる。あるいは、業務プロセスがサイロ化していたり、ボトルネック自体が明確でなかったりするようなら、ワークフローを「見える化」してデジタル上で業務を集約化・標準化できるBPMツールを使って、土台づくりから始めるのも良いでしょう。
先ほど「思わぬ国からディスラプター(破壊者)が現れるかもしれない」と述べましたが、例えそうした事態が訪れることはなくても、現状に危機感を感じてDXに取り組む企業とそうでない企業とでは、いずれ「DX格差」が拡がっていくのは間違いありません。