なぜDXに「ビジョン」が必要なのか?
DXを推進するうえで重要な「DXビジョン」とは<前半>
DXにおけるビジョンの役割
「DXに欠かせないものは?」と聞かれて、恐らく多くの人が真っ先に思い浮かべるのはIT・デジタル技術ではないでしょうか。もちろん間違いではありませんが、ただし、単純にそれらの技術を導入するだけでは、DXを進めることはできません。DXではツールやシステムよりも前に決定しなければいけないことがあるからです。それが、今回のテーマである「DXビジョン」です。
これまでビジョンという言葉は、「経営ビジョン」「ブランドビジョン」といった形で、主に経営やブランディングの分野で使われてきました。定義については企業によって多少の違いはあるものの、「将来〇〇な企業になりたい」「事業を通して〇〇な社会を作りたい」といった、自社の将来像や未来への構想を明文化したものを指すのが一般的です。
DXビジョンという言葉も基本的には同じような意味で使われています。簡単に言うと「DXでどのような企業を目指すのか」、より具体的には、「今以上にデジタルが浸透した未来(5年後・10年後あるいは20年後)の世界で、どのように顧客や社会に価値を提供し、それを持続的な企業価値向上につなげていくか」を伝えるものと言えるでしょう。
ビジョンの役割についても、経営ビジョンやブランドビジョンのそれと変わりはありません。つまり、従業員や協力会社など、DXに関わるステークホルダーが行き先を見失わないようにするための“羅針盤”、あるいは一丸となって目指す“共通のゴール”のような役割です。何より、このようなビジョンがあって初めてDXで「やるべきこと」が明確になり、ツール・システムの選択を含め、戦略やロードマップを描けるようになるのです。
反対にビジョンが定まらないままDXを進めてしまうと、次のような「DXでありがちな失敗」を招く可能性が著しく高まるでしょう。
・「PoC疲れ」からの「PoC死」
ビジョンのないDXで起こりがちなのが、何をすべきか(What)ではなく、どうすべきか(How)から入ってしまう「手段の目的化」。中でも代表的な例が、実用化に繋がらないPoC(Proof of Concept:概念検証)の乱立による「PoC疲れ」と、そのままPoCだけでプロジェクトが頓挫してしまう「PoC死」です。
・業務や組織のサイロ化
DXは全社的な改革。共通のゴールが不明確では、どうしても個々の視野が狭くなり、業務や組織でサイロ化(個別最適化)に陥ってしまいやすくなります。IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)の『DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2022年版)』によると、「全社戦略に基づいて部門横断的に DXを推進できるレベルに達していない企業が割以上存在している」とのことですが、これではデータ連携やバリューチェーン全体での顧客価値創出といった、DXの要となる取り組みも期待できません。
DX推進企業のDXビジョン事例
実際に、既にDXを強力に推進している企業はいずれもDXビジョンを掲げ、その実現のためにIT・デジタルを活用した様々な取り組みをおこなっています。
●東急不動産ホールディングス株式会社
〈DXビジョン〉
『Digital Fusion デジタルの力で、あらゆる境界を取り除く』
〈DXビジョンに込められた想い〉
「あらゆる生活シーンの融合、オンラインとオフラインの融合、そして事業・組織の枠を超えた融合、こうした垣根をなくすことで生まれる価値を創造していくために、デジタルを最大限に活用します」
〈DXでの取り組み例〉
・オンラインとオフラインの融合
新築分譲マンションの販売においてデジタルツインを活用したサービスを提供。ユーザーは現地に足を運ぶことなく、Webサイト上で精緻に再現された3Dデジタルモデルルームを見学することが可能です。実際のモデルルームでは難しい昼と夜の違いを確認できる点も、新たな顧客体験の創出と言えます。
・事業や組織の枠を超えた融合
大学発ベンチャー企業との共創により、『マンション価格査定AI』を開発。それまで査定に要していた時間を全社で年間約1万5000時間削減し、空いた時間でより細やかな顧客対応を実現できるということです。
●株式会社資生堂
〈DXビジョン〉
『Global No.1 Data-Driven Skin Beauty Company』
〈DXビジョンに込められた想い〉
「150年以上にわたる美の知見と最新のDXの融合により、いつでも・どこでも・お客さまが欲しい時に『テイラーメイドなオンリーワン体験(一人ひとりのニーズにあった美容体験)』を実現します」
〈DXでの取り組み例〉
・グローバル向け施策
全世界共通のITプラットフォームを構築・最適化する『FOCUS(First One Connected and Unified Shiseido)』プロジェクトを推進。地域間の業務標準化やデータ共有・可視化を実現し、市場の変化に素早く対応できるグローバルカンパニーへの成長を加速しています。
・データを活用したオンリーワン体験の提供
自社独自のDNA研究のデータと、AI(人工知能)技術を用いて開発した検査法から、顧客一人ひとりに最適なスキンケアを提案する『Beauty DNA Program』を開発。他にも、販売チャネルやブランドごとに分散していた顧客データを一人1つのIDに集約し、オフライン・オンラインの垣根を越えて越えて顧客それぞれに最適な体験を提供する会員サービス『Beauty Key』を提供しています。
今回はDXにおけるビジョンの重要性を紹介してきましたが、当然ながら、DXビジョンには効果的なものとそうでないものがあり、作成する上でのポイントも存在します。次回、後半記事で紹介します。